新思潮 No.122 2013年9月号より①
普段着のままで沈んでいく夕陽 古俣麻子
 普段着の夕陽は、映画「三丁目の夕陽」のようにやわらかく、あたたかいに違いない。普段着の作品を発表し続ける麻子さんにしてみれば、生まれるべくして生まれた句と云えよう。
 人生的感慨の<大方を忘れここまで遠くまで>、ファンタジーの<..風船のいくつが雲に届いたろう>も佳かった。麻子句の日向性は読んでいて愉しく、元気をもらえる。〈細川不凍〉
チェーンソー蝉が鳴こうと鳴くまいと 古谷恭一
水売りが未明に現る橋の上 姫乃彩愛
 蝉の声がジリジリと照りつける暑さの中、まるで輪唱でもするかのようにチェーンソーの音が聞こえてくる。あれは何故だろう。古谷作品を前に、懐かしい暑さと疑問が戻ってきた。
 姫乃作品「未明に現る水売り」という表現に、まだ夜露の残る夏の明け方が思い浮かんだ。陽炎の中をゆらり消えてゆく、大自然の命一粒を思った。それにしても「時々は陶淵明の顔をせり」という恭一さんが、蒟蒻ではなく陽炎のごとくゆらいで見えた。〈岩崎眞里子〉
影絵より生まれし蝶を妹と追う 細川不凍
父はまだおぼろの月と問答中
細川不凍
蜘蛛の巣のここもかしこも僕の席 細川不凍
 何時にも増して慕わしい不凍作品。泣き濡れてはいないが淋しい風が吹いている。妹と追い続けている影絵から生まれた蝶も、今もまだおぼろの月と問答中の父も、唄ってみせようという長雨の五体も、薄墨のシルエットなって揺れている。
 読者は「蜘蛛の巣」の句でやっと救われる。どん底を感じながらも決して己を投げ出さず、強靭なユーモアを武器に立ち向かう生き様は、闘う文士のようで格好いい。〈岩崎眞里子〉
泣きながらサ行の庭に咲く小菊 岩崎眞里子
木霊する埴輪の耳を塞ぎゆく 山崎夫美子
散る時は音もたてずに時間の木 吉見恵子
草花の祈りばかりの水無月と 岡田俊介
サラダ菜を一枚剥がす夏の駅 潮田 夕
☆ NO.122の読みもののご案内
 ・エッセイ「庭の片すみで旅をする」 みとせりつ子
 ・句集鑑賞 西条眞紀第三句集「逆光」を読んで―「水晶鬼」 小林ひろ子
 ・川柳・俳句のキーワード辞典⑤―色彩(3) 矢本大雪
 ・随筆「野の花と」 吉田州花
2013.9.12

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