

新思潮 No.124 2014年1月号①
てまりうた金糸銀糸のほつれゆく | 吉田 浪 |
「金糸銀糸のほつれゆく」は金襴緞子の帯締めながら、嫁いできてからの歳月の長さを物語っている。そして、「てまりうた」の哀愁を帯びた童謡が、少女の頃の風景を想起させると共に、現在のわが身の老いを直視させるのである。 〈過ぎ行きを幾重に羽織る秋の冷え〉〈野茨のとげの痛みを月に吐く〉も佳かった。内なる痛みと、美意識の織り成す一行の抒情が、まばゆく僕を包んだ。 〈細川不凍〉 |
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非日常のイメージの創造は、現実感に乏しい作品に陥りやすく、それなりに難しいものである。桂の作品はその非日常のイメージの魅力をたたえている。 | |
天よりの雪だけ積る一個の帽子 | 桂 由輝花 |
血が通ってしまった「湖」という人形 | 桂 由輝花 |
情景の再構築がなされた末の作品たちで、冷たい触感が何とも言えない。「天よりの」の句では、無機質に見える一個の帽子に、〝天よりの雪だけ〟が積るという物語を与えている。つまり、その帽子には天上からの雪だけが積るのだ。 天上からの雪が、句に緊張感を与えて、無機質に思える帽子に宗教的なぬくもりを与えているように感じる。別世界と交流する存在として〝帽子〟が描かれているのだ。その交流の手段が〝雪〟だから、あくまでも冷たいものが残るのだが。 「血が通って」の作品では、「湖」という名の人形のイメージの冷たさが際立つ。血が通ってはならないところに通ってしまったという非日常の凄さが感じられる作品だ。いずれも日常では感じられない、不安で冷たい触感を書ききっている。〈岡田俊介〉 |
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一樹から流れ出る川 子守唄 | 岡田 俊介 |
「一樹」は一人のおとなの男である。その一樹から、男の愛情の証しとしての溢れ出た樹液が、一つの大きな流れを創ったのだ。その大きな流れをもって、優しく家族を包んでやるのだ。清新なイメージからの、夾雑物を排した表現が、凛凛しい抒情作品に仕上げている。〈細川不凍〉 | |
コスモスと揺れているのはエンゲル係数 | 吉田州花 |
コスモスの花言葉は〝美しい秩序〟。エンゲル係数は生計費中に占める食費の割合のことで、この係数が高いほど生活水準は低いとされる。つまり、エンゲル係数が高くなれば高くなるほど、コスモスは大きな揺れを招くのだ。 二つの異質なものをぶつけた大胆な表現は、作者の主知的精神と詩精神の融合がもたらしたものだ。〈細川不凍〉 |
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絵ハガキの端から痩せてくる秘仏 | 山崎夫美子 |
初めてこの絵ハガキを手にし、ときめきを覚えた頃から、随分と月日は経ってしまった。いま絵ハガキは色褪せ、絵すがたの秘仏も心なしか痩せてきているようだ。 このような細微な表現が可能なのも、奈良に住む作者は普段から仏像に慣れ親しんでいるからであろう。この句を繰り返し読んでいるうちに、幽愁という語が浮かんだ。〈細川不凍〉 |
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万年筆の中で華やぐ黒蜥蜴 | 鮎貝 竹生 |
万年筆好きの人は、こんな連想をしたことがあるかも知れない。万年筆は何でも生み出す自由のある存在であるが、その自由の一つとして悪や毒を書けとささやくものがいる。それが黒蜥蜴なのだろう。黒蜥蜴がいるとき、妖しい文体ができあがるのだ。 その黒蜥蜴の宿る万年筆を作者はもてあますのか、愉しんでいるのか知る術もないが、同名の小説が影を落しているのかも知れない。要らぬことだが、私は川柳を初めて以来、黒蜥蜴の宿らないボールペンを使っている。〈岡田俊介〉 |
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さらさらと砂に時効があるように | 姫乃 彩愛 |
無常が感じられる作品だ。時効という特殊な言葉を用いて、それまでの罪を洗い流して純白になったかのような〝砂〟を描く。砂に罪などないのは勿論だが、そう感じる感受性の鋭さが際立つ作品である。いろいろな出来事がある現実生活とはうらはらに何事もなかったかのように〝砂〟が流れる、無意味性の濃い一シーンを創造したものだ。〈岡田俊介〉 |
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インク滴る家の寒さを姉が言う | 板東弘子 |
十二月に垂らす一滴のアロマ | 大橋あけみ |
硝子の雨ぱしゃんぱしゃんと泣きとおす | 澤野優美子 |
現在地一筆箋で済む事情 | 古俣麻子 |
水仙もキリンもきっと伴走者 | 潮田 夕 |
炬燵寝して遥かはるかへ返事する | 酒谷愛郷 |
ミカン畑亡母の丹精風のなか | 荻田昌子 |
ひとひ香水泡の声と漂着せり | 西条眞紀 |
ミルフィーユさくりと秋は足早に | 山辺和子 |
先帝も白湯の甘さを褒めたもう | 松井文子 |
水甕の水が濁っている道化 | 新井笑葉 |
月もまた孤りなりけり秋を経て | 梅村暦郎 |
花に告ぐ明日の白まで汀まで | 岩崎眞里子 |
前を行く人が忘れていった空 | 寺田 靖 |
☆ NO.124の読みもののご案内
・エッセイ「父母からの『学び』」 姫乃彩愛
・随筆「風まんだら」 板東弘子
・松田ていこ句集「水暦」鑑賞―「雪国に燃える魂の叙情」 松井文子
・随筆「白春」 福井陽雪
・川柳・俳句のキーワード辞典⑥―色彩(4) 矢本大雪
・エッセイ「父母からの『学び』」 姫乃彩愛
・随筆「風まんだら」 板東弘子
・松田ていこ句集「水暦」鑑賞―「雪国に燃える魂の叙情」 松井文子
・随筆「白春」 福井陽雪
・川柳・俳句のキーワード辞典⑥―色彩(4) 矢本大雪
2014.1.17