新思潮 No.133 2015年7月号より②
残響の壺に投げ込まれて 一夜 岡田 俊介
見捨てられ、虐げられしものの「一夜」の苦しみと悲しみが、 惻惻と伝わってくる。表現的にも内容的にも、これほど鮮度の高い作品には、滅多にお目 にかかれるものではない。作者の鋭利な感性による切れのある表現に、圧倒されるばかり だ。〈細川不凍〉
掌のおぼろ星の筏は過ぎてゆく桂 由輝花
掌の創り出すおぼろな空間を、〝星の筏〟が通りすぎるというイメージが心地よい。花筏 のような星の筏を想像すればよいのだろう。おぼろな空間をその星の筏が、音もなく通り すぎてゆくとの感覚に包まれるのは、すなわち、ある種の感慨に浸っているのだろう。〈岡田俊介〉
老人が斃れる風の音がする古谷 恭一
長靴の男しぶとく従いて来る古谷 恭一
花は咲いて散り、人は老いて逝く。避けられぬことと分かってはいるが、誰かが斃れた と知った時初めて渺々たる風の中で自分の老いを自覚する。従いて来る長靴の男は作者の 心であり、前を行くのも作者自身と覚えた。つまり現の作者の後を、諦めようとしない本 当の作者の願いが従いて行く。ふと、落語の世界を思った。  五月の初め、退院を待っていたように義母が逝った。連れ合いにとって、葬儀一切を元 気に乗り切ることが退院後のリハビリとなった。それは、九十四歳で旅発った姑の最後の 願いであり配慮とも思えた。〈岩崎眞里子〉
古いオルガン開く 古いひだまり月野しずく
所々音が遅れて出るようなオルガンを弾いている明るい場面が浮かぶ。新しい古いに関 わらずオルガンの音は柔らかで何処か懐かしい。あえて「古い」と記したことで不思議なリ ズム感がうまれ、「古いひだまり」が強調され印象深い。オルガンを開けると浮かび上がる 遠い日々は、今も作者を支えている思い出だろうか。〈岩崎眞里子〉
大河滔々古きはがきを紐解けば松井 文子
古いはがきを見ていると、その頃の彼我の様子が蘇ってくる。もっとも、その古いはが きを見るときの気分も大切で、その気分によっては、大河が滔々と流れるような壮大なも のが押し寄せるのだ。古いはがきのもつ感慨をこのように表現したが、共感を得られるだ ろう。〈岡田俊介〉
歳月の謎をほどいている花唇杉山夕祈
青の残像しずもり茂るその辺り吉田 浪
春うらら影武者いろに塗り替える新井笑葉
千年の花筏に乗り継ぎて来し 小林ひろ子
ていねいに看板下すあすへの歩み西条眞紀
神話が浮いてくる 立ちのぼる薊元永宣子
落人となり御衣黄桜打ち完る 越智ひろ子
暴れだす雲霞を一夜漬けにする 高橋 欄
真夜中の水音母のそうなんや重田和子
満月が降りる立体駐車場 西田雅子
消印を透かせば遠い水の村 福田文音
2015.8.3

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