新思潮 No.135 2015年11月号より②
白象を匿う亡父の薄原桂 由輝花
薄原の幻想である。真っ白い一面の薄に亡父の幻影を見たのだ。その亡父の生前の様子を示すものとして〝白象を匿う〟のフレーズが使われている。〝父〟とは自身を可愛がってくれた存在であっても、自身は父のすべてを分かっている筈もなく、謎の部分もあると思う。その謎の部分をこの句の場合〝白象〟と表現したものだろう。その謎の部分は神聖なものには変わりない。〈岡田俊介〉
旋律は弥陀のゆびさきより生まれ松田ていこ
足跡の闇もねむりぬ花の陰松田ていこ
 「花筐(はながたみ)」と題しているため、一瞬、世阿弥の能の一曲、「花筐」の世界観を表現しているのかと思ったが、作者独自の「花筐」ではないかと捉えている。全七句は詩情溢れ、幽玄の美に溢れている。前句の、阿弥陀様の指先から生まれるという旋律は、水の音や風の音、小鳥の声や花の揺れる音などを指すのだろうか。いや、きっと選ばれた者にしか聞こえない、風雅な雅楽の旋律を指すのだろう。その旋律が響き亘る中で、ゆったりと、秋の花を花籠一杯に摘んでゆくのである。〈吉見恵子〉
渾身の母の歯形のある林檎 梅村 暦郎
高齢の母の歯形で、この歯形はまさしく生きている証。この歯形をつける一瞬を思えば迸るものがあっただろう。渾身の力を留める林檎は貴く、母の生きる証を留める林檎に作者の思いも留められているのだ。実にいきいきとした美しい歯形である。〈岡田俊介〉
うつろいのそびら丸めたまま晩夏 吉田  浪
背中を「そびら」という優しい響きの言葉を用い、更に「うつろいのそびら」というたおやかな言葉で、若い日の作者の背中から現在の背中に至るまでの、次第に丸まってゆく様子が連続したシルエットのように浮かんで見える。ひと夏の作者がそこにいるのであるが、これまでの人生を彷彿とさせる優美な一句である。〈吉見恵子〉
いっぽんの傘を忘れて夏おわる中嶋ひろむ
日常の中の気持ちの起伏を詠むこの句は、夏の終わりの虚脱感を一本の傘を失うことに喩えている。一本の傘を忘れるという些細な出来事を自嘲気味に捉えつつも、この失った一本の傘で夏の終わりの虚脱感を表現した。〈岡田俊介〉
音階のひとつ崩れて黙す夏 山崎夫美子
いなびかり発止と母の走り書き 酒谷愛郷
曼珠沙華かぜの渚の送り人 潮田 夕
艦隊と出合い鷺草色めきぬ  矢本大雪
全身を浸す生涯のように みとせりつ子
合鍵が定位置にない十三夜吉田州花
背景は虚ろなままに青葡萄 岡田俊介
傷跡を眠らせ浮き沈む運河 山田悦子
靴下は絹 芒野の行き倒れ 高橋 蘭
傷口が少しやわらぐ雨後の景 新井笑葉
2015.12.15

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