新思潮 No.142 2017年1月号より②
湧き水に母音が生まれあなたが生まれ | みとせりつ子 |
作者の住む郷土のひっそりとした山間に、母とその娘の二人だけの秘密の泉があるのか も知れない。その泉を通して紡がれるのは、母と娘の愛と悲しみの物語である。「母音が 生まれあなたが生まれ」のリフレインから生じる滑らかなリズムが、そのまま抒情小曲へ と形を変え、「湧き水」の周りをたおやかに包んでゆく。そんな夢想をこの句からもらえ るのも、秋の夜長のせいかと思う。〈細川不凍〉 | |
雨のカフェ メランコリーを重く飲む | 月野しずく |
秋も雨ともなれば一層もの思いに沈むことだろう。この句はお気に入りのカフェのひとと きを詠むが、その沈むもの思いを飲み干すように、珈琲を飲む様子がある。メランコリー に染められた女性を彷彿とさせ、やさしい感覚の色彩が豊かだ。〈岡田俊介〉 | |
終着駅はさくらの一生かもしれぬ | 姫乃 彩愛 |
始発駅からいくつもの停車駅や通過駅を経て、やっと「終着駅」に至る。それまでの長 い行程を考えると「さくらの一生」はとても重い言葉だ。大勢の人間の色取りどりの人生 が、内含されているからだ。国花として、日本国民に愛好されるさくらだけに、「さくら の一生」には〝お疲れさま〟と声をかけたくなる。私的発想からの表出と思うが、日本的 情調の滲み出ている作品だ。〈細川不凍〉 | |
春眠や棺の貌のおさまらず | 酒谷 愛郷 |
「春眠や」の句の〝おさまらず〟は静もらないの意味で捉えた。春の眠りの穏やかにあ るべき筈の〝棺の貌〟が、未だこの世の未練を残しているような貌をしている光景であろ う。その貌と春眠との落差が異色の感覚を残している。〈岡田俊介〉 | |
樹の下で春が降るのを待っている | 西田 雅子 |
高ぶることのない、ごく限られた言葉たちによる世界が素敵だ。幾度か復唱すると、表 現全体から滲み出てくるゆったり感に誘われて、自分も樹の下で春が降るのを待ちたくな る。「春が来る」ではない。「春が降る」がいいのだ。樹の下で春が感じられるものを僅 かでもいいから待つのだ。それが〈ひとしずくから広がってゆく夜明け〉の句の様な春の 「ひとしずく」であれば最高だ。限られた言葉たち(十七音の世界)からもらう感動だ。 〈細川不凍〉 | |
えごの花咲かせ肉界にとどまらん | 細川不凍 |
持ち替えた指から落ちる風の骨 | 潮田 夕 |
ピリオドを打ち終え風は野に帰る | 山辺 和子 |
痴れ笑いせり鉄塔の大鴉 | 古谷恭一 |
真空の中で泣く童子のように | 青野みのる |
マヌカンの林立 月は出ているか | 中嶋ひろむ |
もろもろに酢をかけておく黙らせる | 福田文音 |
追憶のそれは小さな喫茶店 | 梅村 暦郎 |
読み終えて安堵の中のミルクティー | 越智ひろ子 |
春暁の皿一つあおは嘶く | 山内 洋 |
2017.2.20