

新思潮 No.144 2017年5月号より①
うぶすなの由緒正しき雪の消えかた | 吉田 州花 |
「うぶすな」は〝産土〟と書く。人の生れた土地のことだが、雪国に生れ育った者には 、雪の降りかた、積もりかた、そして消えかたに至るまで、例年と比較してみる習性があ る。「由緒正しき雪の消えかた」はその習性を通して得た作者独自の詩的真実といえる言 葉だが、どこか勿体ぶったような言いまわしは軽妙洒脱で面白い。一時期は「もう雪の句 は書けません」と壁に直面した作者である。それを救ったのが師と仰ぐ故杉野草兵の言葉 、「生きていればその時その時の雪があるものです。同じ日はありません」である。 州 花さんの〈雪〉をモチーフにした佳唱はつづく。〈細川不凍〉 | |
今回の会員作品には雪に関する句や春を待ち侘びた句が多い。少なくとも一年のうち、 四か月くらいは雪との生活を余儀なくされる。北国に住む人にとって、雪や吹雪、滑る道 路、除雪など日常的な闘いだ。雪が降り積ると、除雪したあとから、あとへとキリが無い 。翌朝の玄関を開けた時の雪の嵩には、うんざりだ。出勤のための除雪。生活道路に市の 除雪車が入らないと、車も動かせない。誰かの踏んだあとを歩く。不便をあげると最限が 無い。でも猛吹雪が止んだあとの星空。朝の雪のキラキラした眩しさは一眼の清涼剤でも ある。積雪も南の庭の日射しの強いところから徐々に消えてゆく。北側の誰も踏み入れな い場所は雪の上の埃りや芥などに覆われ、四月末頃まで消えない。産まれた場所にはその 地の気候風土があり、その地ならではの法則があるのだ。作品の〈由緒正しき消え方〉に は作者の潔さも加わり長い冬を終え、消えゆく雪を座して見送る真摯な姿が見える。〈伊藤寿子〉 | |
緋の面の唇綻びて梅が咲き | 大谷晋一郎 |
緋の面の唇の綻びから、梅が咲くとの、二つの物の衝撃効果の窺える作品だ。寒い季節 を緋の面のほほえむ様が、こころの持ち方を反映し、それが梅の開花へと連なってゆくと いう新鮮な書き方だ。何より、緋の面と梅との相関が美しい。〈岡田俊介〉 | |
花びらの輪郭線に居て眠る | 潮田 夕 |
花びらの輪郭線は、そのまま花びらから、伸びているにちがいなく、その伸び行く先に 交わりつつ〝眠る〟姿が見えてくる。花びらとの係わりの中で眠るという至福の情景が思 われるが、花びらの儚さを思えば、どこかにさびしさを感じる句で、それこそがこの句の 主題に見えてくる。〈岡田俊介〉 | |
番の鳩が春の苦みに混ざり来る | 野邊富優葉 |
春の苦みという意表をつく表現が新鮮だ。決して謳歌する春ではなく、苦みのある春な のだ。番の鳩がことさら春を楽しむ様子を、その春の中の異変のように捉えている。この 句に限らず、作品に流れる〝苦み〟のようなものが作品を引き締めている。〈岡田俊介〉 | |
この世からこぼれるように鶴の舟 | 岩崎眞里子 |
大寒の鏡の奥にムンクの眼 | 鮎貝 竹生 |
二頭の雪豹睦みあう銀河 | 福田 文音 |
雪の幻影コーヒー豆を深く煎る | 伊藤 寿子 |
一台のピアノに満たす昼下がり | 松井 文子 |
雪色のワンピース買う逝く冬か | 姫乃 彩愛 |
ひっそりと菫をともす輪をぬけて | 松田ていこ |
立春を越えてしなやか猫の尾は | 吉見 恵子 |
池の魚に記憶の春をはじかれる | 岡田 俊介 |
一億の群れ動き出す桜前線 | 越智ひろ子 |
ことさらに桜集めて泣き羅漢 | 中嶋ひろむ |
2017.5.20