

新思潮 No.145 2017年7月号より②
草むらにぽっと童女が咲いている | 吉田 浪 |
草むらの中に突然出現した一人の童女。「咲いている」と表現したのは、その少女の可 憐な立ち姿に、美的感動を受けたからだ。作者の心が澄んでいなければ、このような至純 的情景は描けなかったであろう。平明で静かな明るさを湛えた作風にほっとする。〈細川不凍〉 | |
美しい詩を詠むような温かい眼差しを持つ作品に接して、童女のようなどんなお花だろ うか、または、童女自身が浪さんではないかとも思える。純粋な作品だ。〈姫乃彩愛〉 | |
暁に伏す喜々と老いゆく蟋蟀は | 山内 洋 |
何もかも軽くなった時代の流れに抗するかのように、重くれた世界を詠み続ける作者で ある。決して手触りのいい句とは言えないが、確かな主題のもと、書かれる重厚な世界は 魅力がある。掲出句は、老いた蟋蟀にわが身を重ねてみた〝生存の痛み〟が響く。〈細川不凍〉 | |
仇討ちをしているような草むしり | 古俣 麻子 |
抜いても抜いても生えてくる草には閉口するものだ。 それを仇討ちという鋭い的を得た表現に深く納得した。日常を創作するのは容易なようで 難しい。作者は、それぞれの生の奥深いところで本当に大切なものを忘れないといつも思 う。〈姫乃彩愛〉 | |
花びらを水に浮かべて熟睡す | 西条 眞紀 |
一見美しい状況で眠りにつくように想像できるが、作者は痛々しさを訴えている。眠り が不安定ゆえにひとしきり花と遊び、最後に花びらを散らして水に浮かべて作者はやっと 安堵して熟睡するのだ。〈姫乃彩愛〉 | |
梔子や「葵の上」の涙つぶ | 潮田 夕 |
この句での作者の思いが「葵の上」(あおいのうえ)の語に集約されている。源氏物語 の光源氏の正妻の「葵の上」は、愛人の六条御息所の生霊に苦しみ、夕霧を産んだのちに 急死する。謡曲にもなっている、その「葵の上」の涙を梔子(くちなし)の白い花から連 想したものだが、ここにも寂しい情感が流れている。いずれも寂しい風景が広がる作品群 だ。〈岡田俊介〉 | |
青硝子の坂で いつまでの生か | 桂 由輝花 |
青硝子というイメージの坂を創出した。このイメージは美しくも儚く、この坂の上の作 者自身の置かれた情況を示している。その坂の上で、いつまで生きるものかと自問してい るのだ。いろいろな人生の断面をもつ人の思いであろうか。青硝子の坂にも、やがて登れ なくなるのだが。〈岡田俊介〉 | |
廃校のピアノは月に感化する | 山崎夫美子 |
訥弁の男子よろしき薔薇の刻 | 松井 文子 |
山の枇杷含んだ頬が祖父に似て | 大谷晋一郎 |
雲だけを背負うかたつむりと遊ぶ | 小林ひろ子 |
破れ傘嗤えばわらうほど破れ | 酒谷 愛郷 |
北風になるまでバスを乗り継いで | 寺田 靖 |
画集からぬっと出てくるピカドール | 澤野優美子 |
約束が重い シュワッとソーダ水 | 山辺 和子 |
遠い日のブランコ叔母の踏むミシン | 秋田あかり |
日めくりをめくらずいる終の居間 | 梅村 暦郎 |
白蓮の錆て地に舞う夕間暮れ | 蕪木 奈嫁 |
2017.8.17