新思潮 No.150 2018年5月号より②
未完とはこのような黒い傘 | 姫乃 彩愛 |
眠れぬ日の雪は光に、光は瞳に、瞳は言葉に、そして言葉は重さのある影を持つ桜や菜の花に…つまり白へ白へと人を求めている。「おーい、生きているかー」と生存確認をしてくるのは固いレンガ。作者にとって生きるとは未完であり、傘のように黒く閉じているようだ。気になって白いコロナの囁きを持つ沈丁花の花言葉を調べてみると、不死・不滅・永遠とあった。ふと姫乃彩愛句集『未完』の表紙を思い浮かべた。そうだ、黒い傘を開けばもうじき春の朝焼けの朱が拡がる。〈岩崎眞里子〉 | |
退屈な帽子に反りを入れてやる | 古谷 恭一 |
尖っている若者が頭髪に入れる剃りではなく、帽子のブリムの反りだった。作者も帽子を弄るのが好きと見た。帽子の中はもう一つの見えない宇宙である。伊能忠敬やツルゲーネフ等著名な人だけではなく、どんな人や土地にも見えない昔々がある。一見何事もなさそうな人にはちょいと言葉の反りを入れてみることにしよう。ひょっとすると押し花が生気を取り戻すように、若さのパワーが炸裂するかも知れない。〈岩崎眞里子〉 | |
藍色から青抜けだして春扉 | 伊藤 寿子 |
この句も発想が得難い。藍色の中から青だけを取り出し、春を迎える彩としたのだ。藍色の濃さ、重さより少し軽そうな青が春には相応しいとの感覚が潜んでいるのだ。青が春の扉を形成したので、あとは開けるばかりだ。〈岡田俊介〉 | |
影ぼうず大きくなって夜となる | 岩崎眞里子 |
影が次第に大きくなって、ついに夜になる、という一つの童話のようだ。影も夜も暗いから、このような連想が生まれるのだろう。自分の影なのだろうが、意志をもつもののように、大きくなってゆく様子である。〝影ぼうず〟と親しみを篭めた呼び方が、この作者らしく、あたたかい余韻を残している。 〈岡田俊介〉 | |
雲奔り去る ツーランドット生み捨てて | みとせりつ子 |
一抹の春をゆっくり泡立てる | 山崎夫美子 |
春宵やグラス冷めたく遺されて | 吉田 浪 |
展翅(てんし)した夢より青き水流れ | 杉山 夕祈 |
楪の受け継ぐものを静脈に | 吉見 恵子 |
ネット便這い出しそうな大鬼小鬼 | 古俣 麻子 |
身の鈴の無性に韻く冬家族 | 細川 不凍 |
素の光素の海にいるヒヤシンス | 潮田 夕 |
春の雷誰かが嘘を付いている | 山下 華子 |
どこをどう歩けばいいの今朝の道 | 富永 恵子 |
2018.6.25