新思潮 No.152 2018年9月号より①
逝く月の音かな一生(ひとよ)の羽化はじむ | 杉山 夕祈 |
タイトルの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」はスペイン北西部の宗教都市 で、十二使徒の一人ヤコブ(スペイン名サンティアゴ)の遺骨が発見された地を発 祥とする。世界文化遺産でもある西欧最大の巡礼地だが、作者は実際にこの聖地を 訪れたのかも知れない。或いは映像や書物等を通しての追体験なのかも知れない。 何れにしても、この聖地の荘厳な耀きと清澄な雰囲気のなか、作者の敬虔な心情が 過不足なく伝わってくる全七句だ。その中でも掲出句は、気性の激しさから〝雷の 子〟と呼ばれたヤコブに寄せる作者の想いは熱く、殉教者ヤコブから聖人ヤコブへ と、まるで転生でもするかのような詩的表現は鮮烈である。深い感銘を覚える所以 だ。〈細川不凍〉 | |
紫陽花が灯となり閻魔堂までの道 | 山崎夫美子 |
死後、人間の生前の善悪を審判・懲罰するという地獄の主神、冥界の総司である 閻魔王を祭っている閻魔堂。死後のこととは言え、いつかは審判されるであろう、 閻魔様の元へ一人で行くには何となく気が引ける。そんな時、閻魔堂までの道のり を雨に濡れた紫陽花が灯るように誘ってくれる道は、とても心強い。閻魔堂と紫陽 花が静かに呼応しているような美しい句である。〈吉見恵子〉 | |
薄ぐもりを折れば一頭象一頭 | 吉見 恵子 |
ハッキリしない空模様から、作者は地上最大の動物「象」を、力強いイメージで 描出させた。子供の頃の絵本で見た空飛ぶダンボを憶い出して、愉快になった。 〈細川不凍〉 | |
一切は蒼樹一本夏の黙(もだ) | 月野しずく |
この句の暑い夏に沈む樹は無風の樹であろう。夏を一手に引き受けているかのよ うに樹が立っているのだ。夏がその樹に集約されているかのようでもある。黙々と 夏を支える樹を描いて、自身の気持ちを投影した。静まりかえった樹も暑いのには ちがいないが、それでも静けさを保っているのは感動的だ。〈岡田俊介〉 | |
水たまり覗けば顔が盗まれる | 宗村 政己 |
ある日の驚きを詠む。何でもない水たまりに映るべきわが顔が映らないというの だ。この一瞬にどこかの別世界に顔が行ってしまったかのようだ。一瞬の異次元を 垣間見るような感覚を詠んだところが愉しい作品。事象を感覚的に捉えている。〈岡田俊介〉 | |
わが井戸の汲みつくされし風の音 | 松田ていこ |
此処からは平家蛍の棲む集落(むら)に | 大谷晋一郎 |
玄関のチャイム小鳥と旅人と | 松井 文子 |
クーラーと絶景集に逃げ延びる | 古俣 麻子 |
真夏の夜の夢 フロイトの副作用 | 中嶋ひろむ |
ひまわりの首の昏さに響きあう | 伊藤 寿子 |
一行はにせアカシアを香らせて | 吉田 州花 |
雨ざんざ姿見の裏を抜けてゆく | 佐々木彩乃 |
風暑くひぐらしの一音 封書 | 潮田 夕 |
ふっと息かけるとくもる父の戯画 | 新井 笑葉 |
風鈴の修羅から一つ選び出す | 前川 和朗 |
2018.9.25