

新思潮 No.156 2019年5月号より②
湖畔の宿との古い言葉と 湖と | 岡田 俊介 |
眠り潟の墨絵になじむ舟を漕ぐ | 岡田 俊介 |
湖の遠い灯集め 壜を振る | 岡田 俊介 |
湖はこのようにも郷愁を誘う場所なのだ。全編に流れる哀感と抒情。こういう作品は人生を大切に扱ってきた人でなければ作れないだろう。衰えを知らない感性と知性がそこに加わる。遠い灯を眺めていると、いろんなことが懐かしく思い出される。忘れ得ぬ人たち。長い長い時間の中に埋め込まれていた思い出が蘇る。〈壜を振る〉という描写に、岡田さんの淡い懐古の情を手繰ってみた。〈みとせりつ子〉 | |
まなざしゆらゆら風はベビーブルー | 月野しずく |
ビル街の春のプリズム追いかける | 月野しずく |
嬉しい春の訪れに、何やら心軽やかなしずくさん。春を伴いやってきた風の初々しさを、ベビーブルーに例えて清々しい。ビル街のプリズムも春の色を醸し出す。耀さをたっぷり含んだ春の7句。こんな日は前へ前へと歩いてゆけそうな気分になれる。〈みとせりつ子〉 | |
複眼のどちらも熱り立っている | 新井 笑葉 |
複眼的な考察をする者同士の激しい論戦が、彷彿とする場面だ。さまざまな視点を持つ者同士だけに、折り合うのは至難のわざ。作者自身は極めて冷静で、複眼のぶつかり合いを楽しんでいる風だ。滑稽感が滲み出ていることでも分かる。力感あふれる表現は笑葉句の特長で、それも言葉の蔵する意志の力を信じればこそである。〈細川不凍〉 | |
花束のはなしに触れてほしくない | 澤野優美子 |
慶弔の花束でも、見舞いや親睦の花束でもない。贈る贈られる二者の間には、のっぴきならぬいきさつがあって、その赦しを乞うための花束ではないのか。花束に托された思いは重いが、きっと相手に通じる筈だ。ズバッと言い切って見せるのが川柳であり、沈黙し言外に匂わせて見せるのも川柳だ。〈細川不凍〉 | |
箸を置く雑木林の真ん中に | 大谷晋一郎 |
〝真ん中に〟の表現が情景をいきいきとさせた。雑木林の中で食事をしたのであろう。自然の中でとる食事は格別のものだ。雑木林の中となると、自然との一体感も生れるにちがいない。さらにその〝真ん中〟というから、その意識を際立たせている。と言いつつも、実はこの光景、春の〝真ん中〟をイメージしている。春の真ん中の食事の味わいは一入のものがある。〈岡田俊介〉 | |
おぼろ夜の紺青の刺子の袋 | 望月 幸子 |
紺青の木綿布に糸で装飾を施した刺子の袋が、おぼろ夜に浮かんでいる。紺青の刺子の袋とおぼろ夜との対比が新鮮な印象である。刺子の袋が、おぼろ夜に何かを語り始めるのであろうが、それはおぼろ夜ゆえの非日常の話かもしれないのだ。紺青と糸の装飾の語る話であり、他の一切を省略した幻想的な世界が描かれている。〈岡田俊介〉 | |
信号の赤浴び走る夢みし町へ | 西条 眞紀 |
娑羅の木で生れ真珠の雫しずく | 福田 文音 |
ベランダ情報下れば地上ミモザの黄 | 松井 文子 |
またたきは時のときめき春の宵 | 鮎貝 竹生 |
月冴えてラクダの瘤は銀の水 | 山崎夫美子 |
なりゆきは必然桜待ちましょう | 吉田 州花 |
夢の続きを夢見てる昼の月 | 宗村 政己 |
夕焼けの立ち去る音の冬木立 | 佐々木彩乃 |
おっとりと夢うり風の内緒ごと | 富永 恵子 |
納得はしていない音ひとしずく | 黒川 孤遊 |
存在へずぶりと太き注射針 | 梅村 暦郎 |
2019.6.12