

新思潮 No.157 2019年7月号より①
ヨコハマで口説けば加担する汽笛 | 古俣 麻子 |
〝心も浮き立つものは春の気色にこそあめれ〟とは徒然草の一節だが、港ヨコハマで口説かれながら聴く異国船の汽笛の音も、十分心浮き立つものに違いない。申し分のない舞台設定と、それを活かすメリハリの利いた洒落た表現が、異国情調の漂う世界へと読む者をいざなってくれる。ふっと、いしだあゆみの唄う『ブルーライト・ヨコハマ』が聴きたくなった。昭和の歌謡曲が好きな僕だけに…。〈細川不凍〉 | |
ごうごうと流れてやまぬ月日かも | 松田ていこ |
幽かにかすかに近づいてくる鈴のおと | 松田ていこ |
「ごうごう」のオノマトペに、川の流れるがごとく、時の流れの凄まじい速さを感じさせられる。その時の流れは大きな音を立てて、何処かへ連れ去ろうとしているのだ。これまで色々な喜怒哀楽があったが、過ぎてみれば人生はあっという間だったという事だろうか。この流れには、誰ひとり抗う事は出来ないのである。後句の「鈴のおと」の表現するものは、吉凶のどちらだろうか。作者にとって何か未来の期待となるものだとしたら、澄んだ愛らしい音だろう。その反面に、負のもの近づいては欲しくないものだとしたら、冷たい不気味な音となるだろう。しかし、時には受け入れ難いものでも受け入れなければならない鈴の音もあるのかもしれない。〈吉見恵子〉 | |
夢十夜虹の糸曳き遠き世へ | 杉山 夕祈 |
「夢十夜」というと、夏目漱石の同名の小説が思い浮かぶ。「こんな夢を見た」という書き出しで、十の不思議な夢が語られる。大変不気味で、人間の心の闇とでもいうべきものが描かれている。しかし、この句の「夢十夜」は、あの世へは虹の糸を曳いてゆきたいという作者の思いがあり、虹の橋を架けようとしているかのような夢のある「夢十夜」なのである。〈吉見恵子〉 | |
針みんな外した時計と花の香と | 佐々木彩乃 |
表現の工夫が見られる作品群だ。針のない時計は、時を刻もうにも刻みようがない。そんな時計の創る緩やかな時間の中にいるのだ。時が止まったかのような時間感覚で、そこにある花の香だけが存在感を示している。〈岡田俊介〉 | |
早咲きに遅咲きが来て治まりぬ | 細川 不凍 |
面変りするまで異土の風に吹かれ | 細川 不凍 |
前句、何かが丸く治まった感じに惹きつけられた。栴檀の双葉と大器晩成が浮かんできた。今は早咲きばかりが期待され生きにくさを感じるが、過去のどの時代もそうだったようにも思う。後句、写真集でも開いているのだろうか。まだ見ぬ異国の風景や歴史的建造物、衣食住の文化はとても刺激的だ。特に市場の魚介類や野菜・果物の色彩は見ていて飽きない。作者は気に入った街角に降り行って、「面変りするまで」その風の匂いを堪能しているのだ。〈吉見恵子〉 | |
春の切れ端ぎゅっと掴んでペダル漕ぐ | 山崎夫美子 |
微分積分 朧夜のひとりごと | 月野しずく |
これより他郷とジャスミンの花咲けば | 岡田 俊介 |
花の雨あちらこちらをときほぐす | 澤野優美子 |
赤児育つよ朝のほほえみ繰り返し | 伊藤 寿子 |
木立から盗んできたの海の青 | 福田 文音 |
唯者でない眼光をすぐに消し | 古谷 恭一 |
何もかも幻春のマッチ売り | 松村 華菜 |
水匂うあなたはきっと桜貝 | 中嶋ひろむ |
平成が紙一枚の令和乗せ | 細谷美州子 |
一本の紐に宇宙がぶら下がる | 黒川 孤遊 |
2019.7.17