

新思潮 No.158 2019年9月号より①
ねむの木の斜めうしろで初夏を待つ | 山崎夫美子 |
柔らかでやさしいねむの花を思い出すが、その木の斜めうしろに作者は立つ。すやすやと眠る子を見守るように淡い日射しを受けながら初夏を待つ。「合歓の木が眠り老夫婦も眠る」俊介さんの句の、合歓の木だけに慈愛に満ちた句に重なる。〈伊藤寿子〉 | |
夏いろになるキンカン属の夏の人 | 澤野優美子 |
キンカンは冬に熟す黄金色の小さな実だ。砂糖漬けのものを白湯に入れて食べるのが好きだ。夏に花をつけるので優美子さん流の独特の表現は夏らしい。明るい女性の夏を想像できる楽しい句。〈伊藤寿子〉 | |
広い空独りに慣れていくままに | 秋田あかり |
日常を大切にしながら、少し昇華させたような作品群。この句は、一人暮らしになってから、次第にその〝独り〟に慣れていく様子を詠みつつも、あくまでも〝広い空〟に心情を語らせている。〝広い空〟が独りをあたたかく見守ってくれているかのように、以前のように誰かと一緒に暮らしているときのように、変わらぬ表情を見せているところに、安心感があるのだろう。〝広い空〟の使い方で、さびしい素材も前向きな趣にしている。〈岡田俊介〉 | |
秘めごとの一つ二つはつけて翔ぶ | 松村 華菜 |
秘めごとを飾りのようにつけるという表現がいい作品。人に秘めごとを飾りのようにつけると、飾りは、人間の陰影を作り出すのだろうか。その人が翔ぶのは、非日常の世界へ翔ぶのにちがいなく、秘めごとが、その人に謎めいた陰影を作っていて、奥行きの深い人物像に仕立てている。〈岡田俊介〉 | |
物置の薄暗がりに夏は来ぬ | 細川 不凍 |
久しぶりに開放した物置。暗がりに暫し目が慣れるまでじっとしているが、うっすらと見えて来て物置の奥まで見通せる。簾や鉄器風鈴、花ござなど、夏がやってくる懐しさ、喜びがそこに溢れている。ずっと以前「となりのトトロ」の映画で、引っ越して来た主人公の姉と妹が目を見張り、埃や塵たちが目をキョロキョロさせて動く場面が可愛らしく、またおかしく描かれた場面を思った。物置と夏との取り合わせた言葉が明るかった。〈伊藤寿子〉 | |
蒼天に浮かぶものなく飛行船(ふね)を描く | 吉見 恵子 |
六月の終りはみんなうしろむき | 西条 眞紀 |
みどりごの四肢まろまろと宙を蹴る | 松田ていこ |
鬼だった襤褸をまとった鬼だった | 古谷 恭一 |
さてもさて唯事ならぬ一行詩 | 松井 文子 |
深緑にまどろむ椅子の傾いて | 月野しずく |
哀しみを捲る逢いたい人は夏空に | 元永 宣子 |
碧眼となるまで海を見ていよう | 氈受 彰 |
洗って拭いて日々の嗜み是好日 | 越智ひろ子 |
青い弦初心に響く五七五 | 小川 尚克 |
夕陽海峡カモメの声を染めている | 藤本 健人 |
2019.9.9