琳琅 No.161 2020年3月号より②
そのむかし祭りのような象みたよ 望月幸子
タイに象祭りというお祭りがある。タイ全土から二百頭以上の象が集結。象はこれでもかこれでもかとありとあらゆる飾りで盛りに盛られる。想像するだけでも壮観なお祭りだ。ここでは「祭りのような象」。かくして象は祭りとなり、神となる。「みたよ」に子供の頃見た夢のような時間が伝わってくる。 〈 西田雅子 〉
咳き込みて沖の菫のつぼみひらかず 西条眞紀
 咳き込んでいるのは作者か菫か。ここでは菫が咳き込んでいると読みたい。手の届かない沖で咳き込んでいる菫を、見守ることしかできないもどかしさが感じられる。今はまだ寒い冬。もう少し暖かくなれば、蕾も綻び、希望の紫色の花がひらくことだろう。 〈 西田雅子 〉
黒薔薇の名をほほえみと命名す 佐々木彩乃
 「ほほえみ」は明らかに当て付けの言葉である。イロニーもたっぷりと冠された「黒薔薇」の心中は穏やかでないことは確か。作者はかつて黒薔薇の棘(辛辣な言葉)に傷付けられたのかも知れない。その意趣返しとしての「ほほえみ」と解すれば、表現全体の強い張りも肯けるのだ。このスパイスの効いた詩的センスは、作者の川柳的気質の賜であろう。 〈 細川不凍 〉
これからのどこに手を置く蛙跳び 中嶋ひろむ
 この先をどのように生きて行ったらよいかと、思案している。どのように生きるにしろ、若き日のような跳躍は期待できず、精々、「蛙跳び」位のものだろうと思っているようだ。ペーソスとユーモアの感がある。 〈 吉見恵子 〉
月の満ちかけおとぎ話は熟れぬまま 伊藤 寿子
伴侶を亡くした哀しみが漂う。月日が淡々と過ぎてゆく中で、作者の時間だけは止まったかのようである。二人で歩んできたこれまでの思い出や、果たせなかった夢などを「おとぎ話」のように繰り返し想っている。そのおとぎ話は、まだ完結出来ないでいるのだ。 〈 吉見恵子 〉
読まぬ本に読めぬ本積み聴くボレロ 細川不凍
 読まぬ本と読めぬ本、どちらもまだ読まれないまま積み上げられていく。読まれていない本にはどんな世界が広がっているのだろうか。ボレロはラヴェルのバレー曲が有名である。同じリズムが延々と繰り返され、さらに二つのメロディーが繰り返されるという独特の音楽。世界一長いクレッシェンドがラストのクライマックスまで続き、転調の末突如終わる。それは本の中の未知の世界への心の高鳴りとも重なる。積み上げられた読まれない本は、最後にはバランスを失い一気に崩れるのだろうか。 〈 西田雅子 〉
すみれ色さがす不確かな夜明け 岡田 俊介
秘密基地なれば姦しくオルゴール 吉田 州花
風化する記憶に付するハッシュタグ 月野しずく
成り行きにまかせる雲の放浪記 新井 笑葉
ぶらりと暖簾女ひとりがいいんです 越智ひろ子
人間を彫れば小さな喉仏 伊藤 礼子
酸っぱめの林檎に青い日の歯形 氈受  彰
生きる術示してくれる仏手柑 重田 和子
ベランダに主婦の矜持が翻る 田中 瑞枝
駅ごとに 荒れる海あり ひとり旅 田中 澄雪
古井戸の底に落ちたか春の月 前川 和朗
2020.4.12

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