琳琅 No.163 2020年7月号より①
ウイルスの記憶とどめよ藤の瘤野邊富優葉
 「人間が唯一偉大であるのは、自分を超えるものと闘うからである」はカミュの言葉。そのカミュの著書『ペスト』が新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大するなか、再び読まれているという。過去の人間たちが悪疫に如何に立ち向かい闘ったのか、それを知っておこうとする人々の強い意思がはたらいたのだ。『ペスト』がそうであるように、人間の過去の〈記憶〉は何事にも換え難い貴重な財産である。この財産は、人間社会の時間の座標軸にしっかりと刻み込まれ、後の世の人々に光明をもたらすことになるのだ。掲出句は、そのような期待と希望を込めた秀吟である。「藤」は作者のお気に入りの花なのだ。対象をおのれに十分引きつけた表現だ。〈細川不凍〉
疫病が広がる仮面舞踏会古谷 恭一
黒パンは信心深く皿に乗り古谷 恭一
 仮面舞踏会の発祥の地はベネチア。氏素性を隠すため仮面をつけて舞踏会に躍り出るというもの。仮面舞踏会とウイルスの組み合わせが絶妙。ハチャトゥリアンの高揚感漲る組曲「仮面舞踏会」が作品の面白さを引き立てている。黒パンはキリストの「最後の晩餐」に登場してきます。あまりにも有名な話なので説明は省きますが、裏切りとか背信という人間のどろどろした行為の醜さを言いたかったのではと解釈してみました。政界や法曹界や財界を思い浮かべて納得しているのですが。〈みとせりつ子〉
奇にふれるとドミノ倒しの現かな吉見 恵子
山吹のひとつ開けば安堵の黄吉見 恵子
 奇は新型コロナの暴走。現代を生きるわれわれはこの奇妙なるものに出くわす宿命を担っていたようです。あの日から丸々5か月が過ぎ、世界の感染者は600万人を超えまだまだ増え続けている。悲惨なのは36万人を超える命が散ったこと。その異常な様相を吉見さんはドミノ倒しに例えている。〈みとせりつ子〉
十薬の白夜の宴いとおしむ天野 唯子
 「十薬」はドクダミのことで、雑草として各地に分布する植物であるが、生薬として用いられている。白色の四枚の清楚な花びらは、実は苞で、花は真中の棒状の花序に淡黄色の小花を密生させている。作者は、群がって咲く十薬の白い苞から「白夜」を想像し、まるで「宴」を開いているかのような華やぎを感じ愛しんでいる。十薬の上に、白夜が横たわっているかのようで美しい。〈吉見恵子〉
母の日の母に真白きティーポット松井 文子
 この句の「母」は、誰のことを指すのだろうかと想像を重ねてみたが、次の句の
  キッチンを嬉しく占領された日よ
から、作者自身のことであり、この度の母の日は、一人で過ごされているように感じられた。作者は、自分自身のために「真白きティーポット」を用意し、たっぷりと熱いお茶を楽しんでいる。「母の日の母に」と、歌うように「母」を重ねることにより、母である自分自身を慈しみ、様々な想いに馳せているようである。〈吉見恵子〉
鳥葬は劇中劇の鳥ばかり月波 与生
はずされた梯子は朝へ墜ちている岩崎眞里子
ミネルバのフクロウどもの遠吠え鮎貝 竹生
ゆるやかに冒されてゆきカオス杉山 夕祈
文集に桜になると書いて雪姫乃 彩愛
生贄のつもりか粋な花を買う新井 笑葉
アマビエがかわいく描けてティータイム月野しずく
桜どき自伝の花粉捲きながら岩渕比呂子
幕間にて曲見の紅をひき直す谷沢けい子
暫くを太古の海に巣ごもりす重田 和子
昭和には大きな釘が射してある潮田 春雄
この辺に夏の扉があったはず西田 雅子
2020.7.10

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