琳琅 No.166 2021年1月号より①
芙蓉のように言葉を咲かす 夜がきて岡田 俊介
 淡紅または白色のたおやかな花を咲かす芙蓉。その花言葉は繊細な美しさ。氏もまた繊細な美しい作品を創り出したのだ。だが芙蓉は一日花。「夜がきて」しまうと萎んでしまう定めなのだ。それでも言葉は残る。もの悲しさを漂わせつつ。〈細川不凍〉
リモートの功罪なぞる秋の暮れ月野しずく
 新型コロナウイルス禍のなか、リモートでの人間同士のやりとりを、テレビ画面で見ない日はなかった。感染予防には有益だが、人間関係が薄まる感じがして、「功罪なぞる」が重く響く。〈細川不凍〉
花いちもんめの次が出て来ぬ里が昏れ天野 唯子
 「はないちもんめ」は、二組に分かれて歌を歌いながらメンバーのやり取りをする子供の遊びである。しかし、この句にはそのような無邪気さはなく、母を亡くした哀しみに満ちている。「次が出て来ぬ」は、欲しい人がもうこの世にいないことを暗示し、さらに「里が昏れ」ているのだと詠んでいる。作者にとって母のいない故郷は、光のないまさに昏れている景色に違いない。古い遊びの歌を基に、母を亡くした絶望感を表現している。〈吉見恵子〉
長い夜ページの指についてゆく岩渕比呂子
 秋の夜長の読書の光景を詠んでいるのだが、なんとも不思議な感覚の句である。「長い夜」が、ページを捲る指に張り付いて離れないようだ。まるで指が夜に支配されているかのようであり、読書が終わらない限り夜が明けないかのようである。〈吉見恵子〉
秋たけて枯木のペン画賑やかに富永 恵子
 この「枯木のペン画」が、ペン画展などの絵画をさすのか、それともペン画は比喩で、ペン画風な硬質な枯木の風景を表現したのか迷ったが、作者の住む北海道の風景から後者ではないかと思った。秋も深まり、広大な落葉樹の幹と枝だけの風景が詩心を掻き立て、「枯木のペン画」と美しく表現されたようである。〈吉見恵子〉
北を指すナビゲーションが生んだ鳥澤野優美子
ひまわりの亡骸を抱く母を抱く杉山 夕祈
海鳴りを鎮める風をふところに新井 笑葉
天高く放り出されたトンボたち福田 文音
記憶は跡形もない 椅子一脚鮎貝 竹生
虫メガネ取り出す朝の葡和辞典小川 尚克
手套買うパリへ触れたき指の先越智ひろ子
万年筆のインクの乾く黄落期望月 幸子
菫よりいろどり淡き秋を抱く林  勝義
ほおづえがそのまま雲になってゆく西田 雅子
2021.1.9

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