

琳琅 No.166 2021年1月号より②
乗り継ぎは此処のようです 芒駅 | みとせりつ子 |
「芒駅」は現世と冥土を繋ぐ駅。つまり死者の魂の立ち寄る駅と解釈できる。娑婆世界から極楽浄土に至る間には、十万億土もの数の仏国土がある。そんな気の遠くなるような旅を続けなければならない魂への、暫しの休息を願う駅なのだ。作者の情の深さと美意識の相乗的所産と云えよう。〈細川不凍〉 | |
水澄んでひとりにかえる刻をもち | 松田ていこ |
体内の水が澄む(快方へ向かう)と共に、周囲の環境も整ってきたのだ。そして、心置きなく自分自身と向き合う作者がここに居る。澄んだ水から滴るのは佳汁だ。〈細川不凍〉 | |
千の風千のタルチョをはためかせ | 氈受 彰 |
「タルチョ」は、チベット仏教の五色の祈祷旗である。マニ旗とも呼ばれ、青、白、赤、緑、黄の順番で繰り返し長い紐に取り付けられてゆくが、それぞれは、天、風、火、水、地の五大を表現している。チベットでは、家の屋根の上や寺院の屋根の上、山頂や峠などに、魔除けと祈りの旗として掲げる。この旗が風に靡くことで、読経をしたことと同じとされる信仰である。もしこの句が、自分一人だけの祈りを詠んだものであるなら、ひとつのタルチョで足りることだろう。この句の「千のタルチョ」は、コロナ禍収束への人類の祈りを視覚化したものと思われる。一日も早い、元の日常を願う世界中の人々の思いを、空を吹き渡る「千の風」に、地球上を覆うかのような「千のタルチョ」で表現したようだ。〈吉見恵子〉 | |
染めかえは効かぬ女で黒が好き | 松村 華菜 |
「黒が好き」な自分を、染め替えは効かない女だと思っている。これまでは染め替えをした経験もあったのかも知れないが、これは自立した女性を詠んでいるようだ。黒色から、染め替えの効かない自画像を描いている。〈吉見恵子〉 | |
誰しもがドミノ倒しの一つ目よ | 姫乃 彩愛 |
テーブルの水滴は海そんな冬 | 姫乃 彩愛 |
1句目。誰しもドミノ倒しの一つ目にはなりたくないもの。しかし誰しもその可能性を有するのは確かだ。次々と感染して発生するクラスターは、悪夢のドミノ倒しだ。危機意識からの鋭敏な表現である。 2句目。俳人の西東三鬼は、水枕に寒い海を見た。そして柳人姫乃彩愛は卓上の水滴に冬の海を見た。その水滴は涙の雫ではなかったか。それでも、「そんな冬」と客観的に捉えることのできる冷静な自分がいるのは、表現者の強みだ。〈細川不凍〉 | |
一枚の鯣炙れば望郷詩 | 古谷 恭一 |
月冴えて魚の名さえも銀化する | 伊藤 寿子 |
両の手の花びら宇宙満たされり | 松井 文子 |
夕焼けの匂いに咲いた雪の一片 | 岩崎眞里子 |
逃げ水に溺れて以来水嫌い | 細川 不凍 |
蝋燭を吹き消すくちびるみじかき世 | 西条 眞紀 |
鯖のあお秋刀魚の青と冬が来る | 吉見 恵子 |
唐辛子吊るすキッチンの定位置 | 吉田 州花 |
ひび割れた詩集からヘッセの枯れ葉 | 佐々木彩乃 |
胡座かく「ホモ・サピエンス」檻の中 | 中嶋ひろむ |
蛇一匹飼い慣らして棒になる | 宗村 政己 |
これ以上行くな往くなといのこずち | 重田 和子 |
2021.2.9