琳琅 No.167 2021年3月号より①
目をとじるばかりの人を好きになる寺田  靖
 この句の「目をとじるばかりの人」とは、どんな人だろうか。現実を直視できない人や、悩んでばかりいる人、物事をすぐに諦めてしまう人などが浮かんでくるが、作者は、そんな言わば弱い人が好きだという。一人一人の人間は、パスカルの言う弱い葦のような存在。権力を振りかざすなど強い人よりも、自分と同じ弱い人をこそ理解ができるということだろうか。〈吉見恵子〉
廃寺の柿の実ひとつふたつ盗るみとせりつ子
 私の住む集落は百軒ほどの静かな集落である。にも拘わらず4寺もあるのだ。最近一つの寺の住職が入院、寺を引き継ぐ人もなく、檀家の人たちも戸惑っている様子である。寺の境内には、枝もたわわに柿が実り、盗る人もなく寂寥の原風景がひろがっている。残った柿の実は小鳥たちの冬の餌にでもなるのであろう。〈新井笑葉〉
柩がそばを通り過ぎてゆく 微風鮎貝 竹生
 死者と自分との間に、一瞬流れた微風。それは、どうぞ安らかに、と願う作者の思いが生んだ仏性の微風だ。〈細川不凍〉
 詩の言葉とは世界に注がれた眼差しからこそ、そのような見者の言葉を紡ぎうるものであろう。一字空けの巨視的措辞に静思する。ドラクロワ「墓に運ばれるキリスト」の宗教画。地上から地下の墓地に通じる階段を下りて行く人物たちのS字形が、画面に動きを与え、ドラマ性を増している。詩人ボードレールは「これ以上に荘厳さを表現した作品があれば教えてほしい」と絶賛した。〈新井笑葉〉
翻訳の馬からするりみちのく路富永 恵子
 翻訳の馬から、みちのく路への展開が美しい句である。ひょんなことから思わぬ方向へことが運ばれて行ったということだろうか。馬とみちのく路の取り合わせが物語的で魅力がある。〈吉見恵子〉
三の糸少しきつめに雪起こし谷沢けい子
 雷が轟く下で、ピンと張り詰めて弦を調整している光景である。「三の糸」は三味線の第三の糸で、最も細く高い音域の弦であり、「雪起こし」は、雪の降る頃に鳴る雷のことである。句の中で、「少しきつめに」調整する弦の緊張と自然現象の雷の緊張とが呼応している。また、か細い三味線の音に大きな雷の音が被さって響き合っているようで、面白い味わいがある。〈吉見恵子〉
どのように上書きしたら太陽に姫乃 彩愛
泪飲み込めば鳥ひそみけり杉山 夕祈
凩の兄弟持ち合うジャックナイフ細川 不凍
肉筆に籠る肉声でもありぬ松井 文子
どか雪の百日先のクロッカス吉田 州花
解体はまぼろし礎石鎮座して新井 笑葉
長ねぎを破魔矢のように抱き帰る月野しずく
問診が長くて寝落ちするバナナ澤野優美子
時が置いてく荷物に青い附箋佐々木彩乃
枝越しに真冬の月がついて来る小川 尚克
神あれば神に朝焼け麒麟来る重田 和子
2021.3.10

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