琳琅 No.167 2021年3月号より②
極月の喉をひらけばブラックホール吉見 恵子
 宇宙的な発想に驚嘆させられる。銀河の中心に在って、近寄るものは何もかも吸い込んでしまうブラックホール。それを大胆にも、人間の喉に当てはめた作者の詩的飛躍力が凄い。〈細川不凍〉
 物理学者ジョン・ホイーラーは、ブラックホールは飲み込む対象が何であれ、それに関する情報を破壊して経過を隠してしまい、そこから出てくるものは、同じものになるという攪乱能力を備えていることを示した。〈新井笑葉〉
海鳴りを呼ぶは真珠の耳飾り古谷 恭一
 フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を想起する。海鳴りと真珠が相対性を保ち響き合うのである。耳朶に残る海鳴りは、真珠との存在性を通じて海神を呼んでいるのであろう。内証された詩的抒情がここちよい。〈新井笑葉〉
パン買いにこころ細きは風の橋天野 唯子
 この先のことは誰にも解らない。目の前には「風の橋」。橋を渡れば、どんな風に巻き込まれることか知れない。そんな漠然とした不安感を詠んだ句のようだ。〈吉見恵子〉
凝らしても瞬いても朧月野邊 富優葉
 どんなに目を凝らしても、目を瞬いても月は「朧月」でしかないのだ。くっきりとした美しい月が見たいという作者の願望に対し、現実は望み通りとならないことを朧月で表現し憂いている。この朧月は、見通しの立たないコロナ禍の今のことでもあろう。〈吉見恵子〉
ねんねこが陸海空をねむらせる岩渕比呂子
 ねんねこが軍隊をねむらせるとは、何とも痛快なファンタジーではないか。ねんねこの世界を軍靴で汚してはならぬ。〈細川不凍〉
旬十日まぶしきものを買出しに福田 文音
 十日に一度の買出し、市井人の素朴な姿が見える。だがこれは隠された比喩ではないか。ヤン・ブリューゲルの「金の皿と花輪の静物画」には、宝石に匹敵する価値を獲得した花輪がある。精妙に描かれた華やかな花輪は宝飾品に劣らぬ輝きをまぶしく放つ。「花が金や宝飾品に勝らぬものかどうか、ご判断ください」。ヤン・ブリューゲルは、描いた花の価値を示すために宝石類を描き入れ、手紙を添えて絵を届けた。依頼主は宝飾品に匹敵する報酬額を支払ったという。〈新井笑葉〉
三日月の先端の夜が更けてゆく岡田 俊介
身は斜め一と夜二た夜とよじれあう西条 眞紀
闇を抱く朝の手紙に変わるまで岩崎眞里子
喪のはがき積んであなたも銀の雨伊藤 寿子
螺旋へと誘う闇という仕掛け氈受  彰
正論のあとさき泡立草になる立花 末美
立て直す一部始終を華として越智ひろ子
胸騒ぎむらさきらんぷ揺れ 霧笛中嶋ひろむ
いとなみに繊月のただただ淡く望月 幸子
柏手打つ 命を杜に響かせる藤本 健人
他人では無かった人の今日は命日山下 華子
三日前わが名を呼びし人だから伊藤 礼子
2021.4.10

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