琳琅 No.169 2021年7月号より②
鉄棒の高さに掴めそうな空氈受  彰
 校庭などの一角には、確かに「鉄棒の高さに」掴めそうな空が広がっている。この句はたったそれだけのことを詠んでいるのだが、手を伸ばせば掴めそうで掴めないこの空に、何かしら自身の屈託した心情を重ね合わせているような憂鬱感が伝わってくる。鉄棒の高さにある空への注目が非凡である。〈吉見恵子〉
春色の帽子を探す岬線月野しずく
幸せのちょっと手前の指定席月野しずく
 まるでドローンを飛ばした様な大きな景色が写し出され、何処まで帽子が飛んだのか楽しくなる。岬に立つ作者の広い気持が掴めそうだ。幸せ・・・の作品、大層なことを望んでいない日常の中の作者を感じる。指定席は、どの場所か、平凡だが読み手に想像させる。〈伊藤寿子〉
傾いたままの私でよいですか立花 末美
 ピサの斜塔のようで何処か面白い句である。「傾いたままの私」とは何だろう。病弱だとか、思想の偏りとか、食べ物の好き嫌いが激しいとか色々あることだろう。しかし結局は、素の自分でいいかと言っているのである。〈吉見恵子〉
夕焼けて首折れやすきアマリリス吉田  浪
がまんということでもなく友とほき望月 幸子
弟のいないこの世の花吹雪松田ていこ
万歩計 気ままに老いて 畔の春田中 澄雪
花遍路ひとつふたつは余る過去吉田 州花
読点に髪の毛ねじる夏蜜柑河野 潤々
管楽器ずらり眩しき夕茜松井 文子
惜別の思い溢れるクラクション松村 華菜
剥落の回転木馬の眼に驟雨鮎貝 竹生
トルソーの鼻梁へ春の舟を出す中嶋ひろむ
憑かれたら憑き返してやるさくら細川 不凍
2021.8.10

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