

琳琅 No.170 2021年9月号より①
虞美人草 咲いて譲れぬものがある | 越智ひろ子 |
ヒナゲシの別称で漢名の『虞美人草』は項羽が寵愛した虞氏の通称"虞美人"に由来する。この句の場合は夏目漱石の同名小説をモチーフにしたものと想われる。小説では虚栄の女性主人公藤尾が利己と道義の相剋の果てに、自死を遂げてしまう。人間誰しも生きていく上で、自分が自分であるための拠りどころとなる自尊心を有するもの。それが傷つけられると、自己の存在意義に揺らぎが生じるのだ。掲出句の「譲れぬものがある」の毅然としたフレーズが、表現全体を凛凛しく立ち上がらせ、一本の靭い精神の花を描出したのだ。〈細川不凍〉 | |
これよりはわが園君を眠らせて | 伊藤 礼子 |
この句の「君を眠らせて」からは、霊園に眠る君を見守るまるで母のような愛情の深さが伝わってくる。亡くなった君と作者との繋がりの強さが感じられる。この「わが園」は、作者にとっても安らぎの場所であるのかも知れない。〈吉見恵子〉 | |
長すぎた鎖に切れ目を入れておく | 佐々木彩乃 |
あやとりの窓 サネカズラの赤く | 佐々木彩乃 |
不自由な巣籠もり生活を思わせる「長すぎた鎖」に入れる「切れ目」とは気分転換だろうか。綾取りは二人でする事が多いのに独りで外を眺めている作者が浮かぶ。サネカズラの赤は、白っぽい小さな花の真ん中にポッと赤く見える花心だろうか、それとも木苺のような朱い実を想像しているのだろうか。印象的な名前のサネカズラが見える「あやとりの窓」が響きを伴って美しい〈岩崎眞里子〉 | |
愛溢れる在と非在の隙間から | 姫乃 彩愛 |
燦々と朝陽 外室阻む門扉 | 林 勝義 |
うたかたの味がするから青葡萄 | 岡田 俊介 |
水を下さい 八月九日のほたる | 藤本 健人 |
何時からか羽の壊れし蝶結び | 氈受 彰 |
賢人を探し続ける交差点 | 松井 文子 |
満月の裏はシニカル 珈琲豆(まめ)を挽く | 月野しずく |
うかつにも蛍の宿へ来てしまい | 立花 末美 |
踏まれきて取り残されし切り株ひとつ | 西条 眞紀 |
美しい水玉 少女の告白 | 伊藤 寿子 |
みずいろを失くした空の前意識 | 杉山 夕祈 |
2021.9.11