琳琅 No.177 2022年11月号より①
夕霧へ裳裾濡らしてなお遠き林  義勝
 万葉の歌は恋慕の情に突き動かされ、いたずらに裳裾を濡らしてしまうのだが、掲出句は思慕の念のつのるまま、亡き人の影を追って思わず霧の戸外へ飛び出してしまったのだ。その哀切感の深さは、「なお遠き」が如実に物語っている。美意識を十分に活かしつつ、内容も表現も寸分の無駄がない。格調の高い抒情句として推称したい。〈細川不凍〉
大地より生えたる人の野外劇岩渕比呂子
 "はてしない大空と広い大地のその中で・・・"と続く松山千春の歌声が聴こえてきた。大地と一体化して躍動する人間たち。その劇に、生きもの達も加わっているのが見えてくる。大地を舞台にした大いなる生命賛歌である。〈細川不凍〉
夜の淵に来て亡母の手に天花粉大谷晋一郎
 闇の中の亡母の白い手は妖しく、異界の入口を想像させ、円山応挙の絵が浮かぶ。亡母が作者を離れないのか、作者があの世の母を恋うのか、この句は特に何も言ってはいないのだが、どこか情念が漂ってくる。作者は何かを冒険しているようである。〈吉見恵子〉
ひまわり野 迷路に八月の亡者伊藤 寿子
素の味を活かし私という旨煮野邊富優葉
八月は彼方にありて黒ピエロ姫乃 彩愛
結び目を解くと遮断機が降りる松村 華菜
人肌の温もり真夜のキーボード松井 文子
宿廊下はしゃぐ少女ら一夜膳小川 尚克
うつくしい友うつくしいまま終うなり越智ひろ子
大皿に浮島を置く秋を置く福田 文音
深追いをして斑猫に笑われる古谷 恭一
強がりは止めた 氷は溶けている中嶋ひろむ
庭は野に老いは何処に流れるか吉田 州花
2022.11.10

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