新思潮 No.148 2018年1月号①
ペルソナの表裏のゆがみ冬の月杉山 夕祈
「ペルソナ」はラテン語で元来〈仮面〉を意味する。それが転じて役柄や登場人物となり、英語のパーソン(人間)のもとにもなった。言葉のニュアンスからして、「ペルソナ」は人の名前のような韻きがあり、どことなく気が惹かれる。ユング心理学では、表向き演じている性格を「ペルソナ」というが、仮面を被り、その表裏を巧みに使い分けるのが人間という生きものなのかも知れない。掲出句はその仮面人間を、カリカチュア的に表現したものだ。凍てついた「冬の月」の鋭利な光の投射によって、仮面の「ゆがみ」は浮き彫りにされるのだ。美意識と批評意識の相乗効果よろしき逸品である。〈細川不凍〉
そして秋 ぽとんと空がこぼれ落ち月野しずく
導入部分の「そして秋」はスムーズ過ぎ(常套的)。だが、「ぽとんと空がこぼれ落ち」は詩的インパクトがあって心をくすぐる。秋雨前線に刺激されたのであろうか、空の涙腺が緩んでしまったのだ。「ぽとんと」が愛らしく感じられる。秋が作者の心を感傷的にさせたのだ。〈細川不凍〉
廃屋の棚に徳用マッチ箱古谷 恭一
「徳用マッチ箱」の存在感が凄い。周囲の雑多な物だけでなく、廃屋全体の空気までも、完全に黙らせるほどのインパクトが感じられる。この家屋に将来もずっと住む筈だった家族が、何らかの事情で居られなくなったのだ。その家族のことを考えると、辛くなるばかりだ。〈細川不凍〉
雪予報せかせかと吹くハーモニカ吉田 州花
雪国の雪は生活を一変させるものだろう。その雪の予報がアナウンスされて、にわかにせわしく感じる自分がいるのだ。雪国ならではの雪に備える心境で、まれに降る雪の情緒などとは異質のものなのだ。〈岡田俊介〉
いまはむかし季語はふらりと夜鳴きそば澤野優美子
「いまはむかし」の成句と、情緒たっぷりの「ふらりと夜鳴きそば」が時代がかったムードを盛り上げる中、着流し姿の粋な兄さんまで見えてくる。「季語」がまるで作中の人物のように感じられるから不思議だ。時代劇の好きな僕は、どうやら作者の術中にはまったみたいだ。〈とりあえず朝までまもるまくらことば〉の小悪魔的発想も面白く、順調に自己の世界を形成し続ける作者だ。〈細川不凍〉
初雪に老残という座標軸小林ひろ子
初雪はどの地方であっても季節の変わり目を表わすものにはちがいない。その季節の変わり目の初雪も、老いてゆく座標軸の時点、時点で、少しずつ違ったニュアンスに見えるというのだ。清々しい初雪に老残を重ね合せる寂しさがただよっている。座標軸という耳慣れぬ言葉を使いながら、姿の整った作品に仕上げている。〈岡田俊介〉
空蝉が現実ならば享けるシャンパン山内  洋
点鬼簿や水の系譜の水のおと松田ていこ
担がれたシシにふる降る黄葉赤葉大谷晋一郎
一粒のぶどうの海をたゆたいて吉見 恵子
胡桃割る迷路密室 ああしんど鮎貝 竹生
麦のような弟たち群れる追憶桂 由輝花
ひたひたと秋に追われてゆくドミノ氈受  彰
短日や現世来世も盃に古俣 麻子
錦繡のむこうの岸まで芒編む福田 文音
産み月の海鳴りますらお出でよ細川 不凍
CTを抜けると朝のオルゴール岩崎眞里子
2018.1.20

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