新思潮 No.148 2018年1月号より③
落椿もっとも大きい零とおもい | 酒谷 愛郷 |
落椿の落ちてなお美しい花を〝零〟という作者だ。あたかも無の世界の存在のよ うに。無の世界にあるものとしては、ことさら美しい朱を放っているのだ。虚無の 美を創出するのも作者の心のなせる業である。〈岡田俊介〉 | |
谷折りの真ん中に月下の過客 | 伊藤 寿子 |
「過客」には来訪者や来客の意味もあるが、ここは、〈月日は百代の過客にして 〉の過客、即ち〝旅人〟であろう。月の光のもとにあっては、旅人の姿がシルエッ トのように映えるからだ。紙などを谷折りにしている時に、浮かんだと想われる「 月下の過客」。そのイメージの喚起力が素晴らしい。月下の谷間を行く旅人は芭蕉 かも。〈細川不凍〉 | |
ジョーカーで仕切ると秋刀魚泳ぎだす | 新井 笑葉 |
地球温暖化の影響による海水温の上昇や、外国船による乱獲もあって、北海道の 秋刀魚の漁獲量は激減した。何か最高の切札でもあって、秋刀魚が再び活気を取り 戻せたらいいのだが。男の心意気が感じられる大胆な叙法に、笑葉川柳の真骨頂を 見る思いだ。〈細川不凍〉 | |
蝶放つ女人結界門から先は | 山崎夫美子 |
奈良県の大峯山にある修験道の霊場を、題材にとっての一句。現在もある「女人 結界門」は女人禁制のしるし。その門から先は男の修験者たちの世界。そんな男ば かりの殺風景な中へ、作者は少しでも華やいだ空気に触れてほしいと、「蝶放つ」 行為に及んだのだ。無論、川柳作家としての好奇心もはたらいていよう。素敵な夢 想だ。〈細川不凍〉 | |
うつし世の葉かげを伝う月雫 | 山田 悦子 |
美しい句だ。月の雫でさえこの世の葉かげを伝うというから、美しさの中にもは かなさが窺えよう。作者の心境を反映した光景であり、現在の自身の立ち位置でし か見えない景色なのだ。うつし世の屈折した光と影を見る思いがする。〈岡田俊介〉 | |
風の中に羊生まれる地平線 | 岡田 俊介 |
齢いかな深い泉に佇みて | 西条 眞紀 |
耳鳴りとすとんと墜ちる冬の蝶 | 板東 弘子 |
信号のまばたき 幾重にも波涛 | 林 勝義 |
身の底の遠き産声ひとすじを | 松井 文子 |
ガーベラの零れるものをかき抱き | 潮田 夕 |
冬ざれの街をくれよん画に沈め | 佐々木彩乃 |
水仙の香に噎せてます極月の闇 | 太田のりこ |
胸底にストンと落ちた泣き黒子 | 山下 華子 |
古いおんな友だちがいる月の暈 | 中嶋ひろむ |
2018.2.20